静かで美しい、強さを持った詩集である。美しい、という印象は、抑制された言葉の選択や呼びかけ、語りかけを基調としたリズム、リフレインや一定のスピード(アンダンテのような)で進んでいく詩行の進行の安定具合などから醸し出される“うた”の印象であり…
森山恵「つゆの空」『ミて』163号(2023年夏号)寄稿作品 映像の鮮やかな、神話的な作品。壮大なファンタジーの一場面を思い浮かべるが、いわゆる「ファンタジー(こどものためのおはなし)」とはならないのは、そこに思想があるからだろう、と思う。論理や…
1.水蛭子とは、何者か 2017年夏、私は『詩と思想』の編集委員として詩と思想新人賞の一次選考に参加した。その際、文字通り“度肝を抜かれ”たのが、及川俊哉の「水蛭子(ひるこ)の神に戦を防ぐ為に戻り出でますことを請ひ願ふ詞(ことば)」だった。現代詩…
〈私〉の物語をこそ――女性が女性の詩を読むということ (初出『詩と思想』2016年8月号 2020年3月加筆修正) 「男女雇用機会均等法」の前段となる「勤労婦人福祉法」が制定されたのは、1972年。それから約半世紀後の2016年4月、今なお続く格差を是正するため…
紺色の揉み紙の地に、朱の文字で 囚人 と記されている。1949年、岩谷書店刊、著者は三好豊一郎(1920~1992)。後書きによれば、前半部の総題「青い酒場」には44年以降の作が、後半の「天の氷」や「巻貝の夢」には39年より43年までの作が収められている。三…
紺色の揉み紙の地に、朱の文字で 囚人 と記されている。1949年、岩谷書店刊、著者は三好豊一郎(1920~1992)。後書きによれば、前半部の総題「青い酒場」には44年以降の作が、後半の「天の氷」や「巻貝の夢」には39年より43年までの作が収められている。三…
進化よりも深化を 季刊、月刊、隔月刊、個人誌、同人誌、総合文芸誌……この一年間、実に様々な「詩の現在」に触れることができた幸運を、読者の皆様に感謝申し上げたい。現代詩は行き詰まりを迎えているとも言われるが、私見では、むしろ新たな豊かさへの助走…
2014年~2015年、季刊詩誌『びーぐる』に投稿した書評を転載します。 「私たちは、つながっている」詩集『錦繍植物園』中島真悠子著 土曜美術社出版販売 定価(本体2000円+税) 血だらけの「あなたの指」が、「私の皮膚」を剥ぎとって、夜ごと刺繍していく・…
童心、といえば思い出す名前がある。レオ・レオーニの『あおくんときいろちゃん』やいわさきちひろの『あめのひのおるすばん』『ことりのくるひ』、谷内こうたの『のらいぬ』『にちようび』などで知られる至光社の創始者、武市八十雄さん。福音館の松居直さ…
いつも、“お守り”のように大切に引き出しにしまっている一篇の詩がある。吉野弘さんの「一枚の絵」。恐らくエッセー集からコピーしたものだろう、1978年12月と吉野さんの自注があるが、吉野さんのどの本で読んだものかどうしても思い出せない。 一枚の絵があ…
1 いつしか 訪れていたもの 夕べの庭に ひびきはじめるもの 初めには 山萩のしげみから 小さなふくらみの 一つ二つ さらに濃く 宮城野萩の 乱れ咲くなか 白露のとき こぼれるような こおろぎたちの声 2 まだ暑く蒸す 一日を終えて 帰ってゆくひとびとを こ…
比留間一成先生のお話を伺って (詩人 小山正孝の御子息、俳人の小山正見氏発行の『感泣亭 秋報』12号 2017に寄稿した文章を、一部補筆) ブレーメン通り・・・童話のような名前のその通りは、洒落た石畳とこざっぱりした街並み、それでいて活気にあふれた商…
道草、という白抜きのタイトル文字が、藪椿の茂みの上に置かれている。庭植えではない、枯れ蔓の絡まった路傍の、あるいは公園の片隅の茂み。丸く切り取られた写真が地球のようだ、と思う。 読みながら、悔恨、という言葉の意味を考えていた。悔いが残る、悔…
装画がまず、印象に残る。(版木舎の装幀は見返しの色合いやカバーとの共演も含めて、いつも感嘆させられる。)裏表紙の二人の背中を照らしている日差し、長く伸びた影の余韻。逆光の中でその表情はうかがえないものの……。 冒頭の作品「etching」を読んで思…
詩集題名に〈ハハ〉が入っているが、いわゆる母もの、あるいは母と子の葛藤を主題にした私小説風詩集・・・ではない。象徴化されたハハ・・・母から(乳房の象形とも言われる)〈ヽヽ〉を抜き去られた〈ハハ〉は、そもそも語り手の内にあった母、記憶の中の…
獄門歌、Song of Prison Gate、と日本語と英語の題名が並んでいる。うっすらと何者かが現れ出ようとしているようなモヤモヤとした白地の上に、インパクトのある文字が詩集の“顔”一面に配置されている。目の錯覚のように中央に長方形が浮かび上がる表紙は、半…
みわかれ、みがくれ、と読ませる。見別れ、身別れ……山の下を流れ地上に沁み出し、別れてゆく水。水に流れゆく先の選択肢はあるのだろうか。みずは「見ず」という言葉にもつながる。山道や野辺の田舎道を連想させる表紙写真は、著者の撮影。砂利や土、野草が…
かけがえのない人を失ったとき、理不尽な死や突然の悲劇に見舞われたとき、その後の“生”を人はどうすれば生きていけるのだろうか。自らの心の動きを見つめ、心身の感受する自然や人との関わりの中にその照応を求め、生きる答えを――答えというよりも、支え、…
静かだけれど物凄い詩集である。すべての作品に驚きと不思議な世界への誘引力があり、しかも言葉の展開に無理がない。“現世”に居て、現世の言葉で歌われているのは確かなのに、光り輝く場所や闇に触れる場所のことが記されている。魂の居場所というものがあ…
アジア各地を経めぐる旅から編まれた羇旅詩集……ということになるのだろう。しかし、猥雑で活気に溢れる“豊穣”な現在と、様々な痕跡や記念館、戦跡などから浮上してくる近現代の歴史の層が重なり、さらに“豊穣”に見える市井の人々が垣間見せる経済的な不均衡…
のびやかさと時の深みを湛えた詩集。丁寧で無駄のない情景描写に導かれて、いま、目の前にある景色と語り手の心の中に浮かぶ景色、そして土地や歴史が「ことば」に託して語り伝えてきたイメージや物語が鮮やかに立ち上がり自然に接続していく。 言葉は人の一…
静かで涼やかで遠くにゆらめき立つものに迎え入れられるような、“美しい時間”が広がる詩集だ。抑制された、しかし芯の立った文字を辿りながら、言葉の示す「意味」を、つい求めてしまう自身の性向を振り返る。意味を一対一に限定しない、しかしはぐらかした…
彼岸が夜の岸なら、昼の岸は此岸だろうか。そのあわいを開示する詩集、と言ってもよいかもしれない。〝生活〟から断絶してはいないが、日常的な次元からは飛翔している、緊密な詩行。 孤高の戦いを一人で挑み続ける者の静けさと覚悟が印象に残る。決然とした…
『女性・戦争・アジア』の、広範で膨大、一つ一つの項目を突き詰めて考えていく高良留美子の仕事に圧倒されながら、関連書を繙きつつ、少しずつ読み進めた。高良氏の知識量と思索の深さはもちろんのことであるが、大きく包括的にとらえたり、異なった側面か…
多彩な版画のような装画がとても美しい、ハードカバーのずしりと持ち重りのする一冊。レイアウトには十分な余白があるが、ぎっしり詰まっている詩集だというのが第一印象である。17行詰めなので見開きの文字数は多めの印象だが、視覚的な要因よりも、作品数…
少し縦長の判型、モノクロームの銅版画風の装画を辛子色の幾何学模様で縁取ったモダンなデザイン。透き通った青い鉱物をコラージュしたカバー装画が印象に残る。2010年の『孵化せよ、光』から数えて本作で8冊目となる加藤の詩集はすべて長島弘幸がデザインし…
薄氷を切り出した薄片に青い血が滲み広がっているような、中川セツ子による印象深いカバー装画。詩集タイトルは漢字を英文の筆記体のようにデザインしたユニークな書体で、金の箔押しとなっている。文字デザインは長野美鳳。カリグラフィーの素養のある方な…
透き通るように白い表紙に、曇りガラスのような温かみのある白でシンプルなかたちが刷り出されている。シルエットは大きなメロンと小さなスケートボードに乗った小さな犬だが、地球から宇宙へと飛び出していくようにも見える。そこに、黒字で一行、タイトル…
濃紺の中に鮮血のように散る鮮やかな赤。エメラルドグリーンをしのばせたマラカイトグリーンの対比と、力強いペインティングナイフの筆致が印象深い装画は、著者の手になるものだという。題はthe earth 。そこに白抜きで「白い風の中で」とタイトルが入る。…
水島英己の第六詩集、『野の戦い、海の思い』。力強い表紙装画。ざらついた紙質が、質感を添える。(装画 高専寺赫) 読了してまず感じたのは、ぎっしり詰まっている詩集だということだった。風の通る詩集、であるにも関わらず。それから、適切な表現ではな…